2019年02月26日

めきき、目利き

この邦には、めきき(目利き)がたりないのではあるまいか。
圧倒的に。

ちびっこたちに才能があるか、ないか。
わたくしたちは簡単にいいきってしまいやしないだろうか。
むしろ、問うべきは、判断をくだすがわであるわたくしたちおとなにこそ、
ひとを視る能力があるか、
ないか、
ではなかろうか。

目利きは、見るところがちがう。
なぜならば、どうでもよいところは意に介さないからだ。
たいせつなことはなにか。
競技の核心を、かれらは見抜く。
競技の核心とは。
その競技が、なぜおもしろいのか、ということだ。

めきき(目利き)こそ才能であり、
めきき(目利き)こそたいせつに、
ただしく評価するべきものなのである。
が、そのただしく評価する方法、評価、についての議論はおこらない。
これからもおこりえないのだろう。
にがにがしく、じたんだをふむ。
posted by 細野不巡 at 18:09| ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする