2025年04月12日

士幌線 士幌(しほろ)

十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ)

父親は地方官吏であった。
わかいころは野球部のキャッチーであった。
いちど地区大会に優勝したことを、
うれしそうにはなしてくれた。
写真もみせてくれた。

児童のころ、
八方美人的(自分では認識できていない)なこどもにとって、
父親のともだちのすくなさがきになっていた。

発端は、
母親が、
となりの後輩が、
自宅で麻雀を部下同僚と楽しんでいるのを、
聞くか目にする。
うらやましく感じたのだろう、
家でもつれてきたら、
と進言した。
すると父親は、
ともだちというものは、
たやすくできるものではない。
といった。
息子は、
圧倒的に父親をしのぐ年賀状の枚数をほこり、
ともだちづくりなぞ簡単だとのたまう。
部下をもてなしたい母親は落胆していた。

息子は年をかさねた。
父親の生きた年月をこえるころ。
ともだちのすくなさをなげくことはしなくなる。

ともだちは数ではない。
いなくてもかなしむことはない。
ひとり、
たったひとりで充分をしるのであった。

ラベル:ともだち
posted by 細野不巡 at 09:18| わがまち士幌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする