かりあげた髪はひとつきは経っていよう。
銀色の眼鏡をかけてとなりの車両からやってきた。
手荷物をふたつ連結扉のまえにおく。
決壊をふせぐための土嚢をおくように、
すきまを丁寧にふさぐ。
薄毛のトップコートはよれている。
タッタソルのシャツをきている。
奇妙な仕草。
座席にすわる初老のおとこが不機嫌になる。
まわりの客はうつむいている。
初老の男はうつむいた。
目にしなければ気分を害さない。
腕をくみ、
背をのばし、
目をつむる。
ききみみをたてる。
ひとりで問答をはじめる。
目をひらくべきか、
このまま無関心をよそおうべきか。
なにかあったときみていなかったというのは卑怯ではないか。
目をあけて一部始終監視するべきではないか。
初老の男は目をあけた。
駅につく。
客が降り、
乗ってくる。
杖をついた女性がいた。
初老の男はジェスチャーで座席をゆずろうとする。
杖の女性は大丈夫ですといった。
かりあげの男は本を3冊もっていた。
ていねいに床におく。
また手でかかえる。
かれの仕草から、
本の表紙をみてもらいたいのではないか、
初老の男はおもう。
駅に着く。
客は降り、
また乗ってきた。
かりあげの男は直立し、
かかえた本の表紙を客の目にはいるようにしむける。
奇妙なふるまいに客はおどろきかれからのがれた。
かりあげの男のまわりにひとはいない。
それ読んだよ。
年寄の声だ。
かりあげの男はふりむく。
きびしい本だね。
かりあげの男がくずれるようにしゃがみこむ。
両の脚は床にはりつく。
堰がきれたようにうなだれる。
あたまがふるえる。
かりあげの男は嗚咽する。
あなたも読んだのかい。
年寄はいった。
きびしいなぁ。
かりあげの男は衆目にはばかることなくすすりないていた。
かたくなでいるということは、
ときにあぶないひとをいう。
かたくなでいるということは、
なにをしでかすかわからない。
かたくなでいるということは、
つねにひとりぽっちになることだ。
覚悟などいらぬ。
そもひとはひとりぽっちなのだから。
ラベル:掌編

