2025年09月05日

質問力

質問力がない。

ラジオで日本放送協会の予算審議を聴いていた。
質問者は年若い議員で、
だれもがはじめは丁寧な口調で、
雑感をまくらに独演会がはじまる。

議員の質問なのか身辺雑記なのか、
無駄なまえふりのモノロ-グに、
NHKの役員が調子をあわせる。
かれらは淡々と答える。

単調である。
しだいに議員の口調に苛立ちが感じられ、
最後は異口同音、
質問者はだれもが憮然と、
そして持ち時間をつかいきる。
そのどれもがつまらなく、
二つ目さんの落語のようで、
これには失笑を禁じえなかった。

へたくそである。
勘違いしているのだろう。
それはひとりよがりで、
ユーモアも鋭さもなにもない。
印象に残ったことといえば、
NHK役員の答弁慣れと議員の私憤だけであった。
対象がぼんやりとしたままだから、
いたしかたあるまい。

質問はだれもができると高をくくってはいまいか。

質問は技術である。
にもかかわらず、
そこに勉強を感じない。

質疑にはそれぞれ持ち時間がある。
質問者がしゃべっているばかりで、
いっこうに質問をしないのはなぜか。

簡潔に質問し、
相手にこそしゃべらせる。
それが予算審議の醍醐味である。

質問者の技量は相手をしゃべらせてこそのもの。
これは議員の程度を云々するよりも、
そういった議員しか出せぬ、
われわれの程度の低さをものがたるものでしかない。

posted by 細野不巡 at 00:55| ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする