教師は模範であってはならない。
儒教の、
「師曰く」が足枷として現代に残っている。
師とはまがりなりにも尊敬すべき人とおもわれている。
ここに教育のすごさ、
こわさがある。
記憶は求心力にしかならず、
ひろがりをとどめてしまう。
なんども声にだし心で念じた言葉には迷いがない。
迷うことこそ人らしさ。
にもかかわらず、
そこを削ぐ。
思考は止まったままになる。
知識あるものが知識のないものを教える、
のではなく、
多少の知識を持つ人(教師)が、
知識の少ない人(児童生徒)に教える。
教育とはそういうもの。
たかをくくることが必要なのではあるまいか。
教師とはそこらあたりのおばちゃんおっちゃんでいいのではないだろうか。

