これはある学会での問答でも、
ききかじりでもない。
エッセイストといわれるかたが平日の午後すぎにカフェでかたってくれた。
その梗概でしかない。
「人類がなくなるのは感染の拡大、
隕石の落下だろうということです。」
「隕石の大きさが問題でしょう。」
「生存できないということですね。」
「恐竜を理解すればわかることです。」
「核爆弾の脅威はないのですか。」
「生存は可能かもしれません。」
「いま福島で放射線と格闘しています。
どれくらいでいいところまでいくのかはわかりません。
もしかして、
うまくいかないのかもしれない。
ただ、
なにか、
すばらしい方法をみつけるかもしれません。
いちばんいいのは放射能をかたまりにして太陽におくることができれば、
無難なのでしょう。
が、
その方法には難があります。
運搬しなくてはならない。
その運搬という行為をちがうアイディアで代替できれば、
なんとかなるのかもしれません。
なにかに吸収させて、
それをはこぶ。
宇宙船がこわれてもだいじょうぶなモノにしておく。
宇宙船をつかう、
というのが発想のあしかせかもしれない。
電波状のもの、
光線。
紙状に付着させる。
フィルターをつくる。
化合物か。
吸収体か。
こわすかつくるか。
つけたすか。
それらにかわるもの。
宇宙エレベーターがあればいいかもしれない。」
「汚染というのは汚染じたいのひろがりをふせぐ、
予防こそが重要です。
汚染とてひとがつくったものにはかならずかぎりはある。
それを待つ。
一つの方法だとおもいます。
じゅみょうとの葛藤になるかもしれません。」
「ただ、
地球を基本にかんがえてみると、
あるひとは、
もし昆虫が地球上からいなくなれば、
地球上のほとんどの生命は絶えるだろう。
もしこのよからひとがいなくなれば、
おおくのいきものは復活するだろう、
というのがあります。
ひとはいったいなにをしてきたのか。
なにをしていくのか。
ただ自問していても無駄かもしれません。
行動は無駄ではないのか。
それもわからない。
無駄といえばすべては無駄なのかもしれませんけれど。
かしこくならなくてはいけません。
なにがかしこさなのか。」
「杞憂というのはおもしろいかんがえです。」
「たしかなことは、
なんらかの状況におちいるとき、
ひとはあきらめる。
それがいっきに伝播すること。
それが最大の危機にほかならないということです。」

