十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 29 弁論大会にのぞむ
新田(にった)小学校、西上小学校、中士幌小学校、佐倉小学校、上居辺(かみおりべ)小学校、下居辺小学校、朝陽小学校を卒業。
士幌中央中学校へ進む。
生徒の送迎をスクールバスがになった。
学校を統合する。
当時としては画期的な挑戦ではなかったか。
が、
生徒にとってはやっかいな通学であったにちがいない。
校舎は4階建て。
士幌でいちばん高い建物になる。
重厚な建築であった。
学校行事として弁論大会がもよおされた。
1年A組を代表したのがわたくしである。
クラスでいっちゃんうるさくて、
よくしゃべり、
おかしなことをいっては同級生をわらわせていた。
これぞ適役。
篠永教諭はわたくしに出場せよという。
ことわるのだが結局出場するはめになる。
演題はわすれた。
わたくしはそこで失敗する。
声が小さくってきこえにくかったという。
藤内君は教えてくれた。
何位だった?
下かな。
だよな。
わたくしはしばし誤解される。
ちいさな寄合では縦横無尽に炸裂するトークも、
10人をこえるあたりからはずかしさが顔をもたげるのか、
自分でもわからない。
ずうっとあとになって藤内君にきいてみた。
弁論大会の順位である。
やっぱり最下位であった。
こういう振れ幅のあるエピソードがわたくしには多い。
残念である。
2026年01月28日
2025年12月26日
士幌線 士幌(しほろ) 28 がいまち
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 28 がいまち
ターチは新聞販売店の次男坊である。
ターチの誕生日会である。
わたくしは招待された。
生まれて初めてであった。
雑誌を1冊プレゼントした。
冒険王あたりだとおもう。
プレゼントはなにがいいのか。
どのような振舞いをすればいいのか。
慣れないわたくしはためらっていたとおもう。
思い出がない。
翌年からは招かれなくなった。
理由がわからなかった。
母親はこどもを介した集りにうとかった。
招かれたらつぎは招けばよかった。
細野家ではだぁれもそのことを知るものがいなかった。
あしたは近くに住む同級生の家で誕生会をもよおすらしい。
気にしているからか、
耳にはいってくる。
当日、
招かれざるものはこっそり遠くから眺めるのであった。
羨ましげに。
指をくわえて。
省かれたことの悲哀をおもいしる。
士幌線 士幌(しほろ) 28 がいまち
ターチは新聞販売店の次男坊である。
ターチの誕生日会である。
わたくしは招待された。
生まれて初めてであった。
雑誌を1冊プレゼントした。
冒険王あたりだとおもう。
プレゼントはなにがいいのか。
どのような振舞いをすればいいのか。
慣れないわたくしはためらっていたとおもう。
思い出がない。
翌年からは招かれなくなった。
理由がわからなかった。
母親はこどもを介した集りにうとかった。
招かれたらつぎは招けばよかった。
細野家ではだぁれもそのことを知るものがいなかった。
あしたは近くに住む同級生の家で誕生会をもよおすらしい。
気にしているからか、
耳にはいってくる。
当日、
招かれざるものはこっそり遠くから眺めるのであった。
羨ましげに。
指をくわえて。
省かれたことの悲哀をおもいしる。
2025年09月20日
士幌線 士幌(しほろ) 27 川崎さん(川崎理容室)
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 27 川崎さん(川崎理容室)
士幌町農業協同組合社屋、
店舗ができる前は、
船戸菓子店、
吉野新聞販売所、
川崎理容室がならんでいたとおもう。
川崎理容室は先代ご夫婦で切盛りしていた。
農協の購買部が新しくなった際そこへ移転する。
わたくしにはいつも先代があたってくれた。
整髪がおわると必ず10円玉をくれた。
かならずであった。
家への途中、
大平商店で籖(くじ)を引いて帰るのがならわしであった。
10円とて、
自由に使えるのである。
例えば5円の籖が2回ひけた。
1等はでっかい焼菓子の黒棒。
あたったためしはなかったが。
10円の価値はいまよりもずうっとあった。
士幌線 士幌(しほろ) 27 川崎さん(川崎理容室)
士幌町農業協同組合社屋、
店舗ができる前は、
船戸菓子店、
吉野新聞販売所、
川崎理容室がならんでいたとおもう。
川崎理容室は先代ご夫婦で切盛りしていた。
農協の購買部が新しくなった際そこへ移転する。
わたくしにはいつも先代があたってくれた。
整髪がおわると必ず10円玉をくれた。
かならずであった。
家への途中、
大平商店で籖(くじ)を引いて帰るのがならわしであった。
10円とて、
自由に使えるのである。
例えば5円の籖が2回ひけた。
1等はでっかい焼菓子の黒棒。
あたったためしはなかったが。
10円の価値はいまよりもずうっとあった。
2025年08月28日
士幌線 士幌(しほろ) 26 白い靴下
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 26 白い靴下
白い靴下。
有沢呉服店で買った。
たった1足。
毎日毎日、
手洗いしては乾かして、
履いていた。
それまで白い靴下なぞ履いたことがない。
踵(かかと)が破れたときの落胆は大きかった。
向かいのサカエ式農機具のぼんがオシャレで感化されたのだろう。
かっこいいなぁ、
とおもったもの。
白地に紺と赤のライン。
素材は綿。
いまでこそ白い靴下は履かない。
けれど、
オシャレの目覚めはここから始まったのかもしれない。
サカエ式農機具のぼん。
中学生で学生服にスリムのズボンを履いていた。
学生服を脱ぐと黄色のラコステのポロシャツをさりげなく着ていた。
さわやかに上品でワイルドさには欠けていたけれど。
素敵な手本がいてくれたものである。
ありがとう真秀ちゃん。
士幌線 士幌(しほろ) 26 白い靴下
白い靴下。
有沢呉服店で買った。
たった1足。
毎日毎日、
手洗いしては乾かして、
履いていた。
それまで白い靴下なぞ履いたことがない。
踵(かかと)が破れたときの落胆は大きかった。
向かいのサカエ式農機具のぼんがオシャレで感化されたのだろう。
かっこいいなぁ、
とおもったもの。
白地に紺と赤のライン。
素材は綿。
いまでこそ白い靴下は履かない。
けれど、
オシャレの目覚めはここから始まったのかもしれない。
サカエ式農機具のぼん。
中学生で学生服にスリムのズボンを履いていた。
学生服を脱ぐと黄色のラコステのポロシャツをさりげなく着ていた。
さわやかに上品でワイルドさには欠けていたけれど。
素敵な手本がいてくれたものである。
ありがとう真秀ちゃん。
2025年08月20日
士幌線 士幌(しほろ) 25 サンダーバード
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 25 サンダーバード
サンダーバードにどハマり。
1966年4月18時からNHK総合テレビで始まった。
ジェットモグラをはじめ、
サンダーバード2号、
サンダーバード3号とドッキングできるサンダーバード5号、
これなんぞは叔父が札幌出張の土産で買ってくれたはず。
わたくしが手に入れたプラモデルである。
ほとんどは今井科学だとおもう。
小松崎茂さんの絵が刺激的で、
たまらなく欲しかった。
中原君はサンダーバード2号コンテナドックをもっていた。
サンダーバード4号をはじめ
ジェットブルドーザー、
磁力牽引車、
ペネロープの愛車ピンクロールスロイスが入っている。
それで遊びたいがため中原君ちを何度も訪れた。
中原君ちでごはんをいただいたのはこのころだ。
ごはんに塩をかけて食べたり、
レタスにマヨネーズをごはんにのせて食べたり、
実に新鮮であった。
ペネロープ愛用のピンク色のロールスロイスはいまも家にある。
ミニカー(バンダイ)だけれども。
士幌線 士幌(しほろ) 25 サンダーバード
サンダーバードにどハマり。
1966年4月18時からNHK総合テレビで始まった。
ジェットモグラをはじめ、
サンダーバード2号、
サンダーバード3号とドッキングできるサンダーバード5号、
これなんぞは叔父が札幌出張の土産で買ってくれたはず。
わたくしが手に入れたプラモデルである。
ほとんどは今井科学だとおもう。
小松崎茂さんの絵が刺激的で、
たまらなく欲しかった。
中原君はサンダーバード2号コンテナドックをもっていた。
サンダーバード4号をはじめ
ジェットブルドーザー、
磁力牽引車、
ペネロープの愛車ピンクロールスロイスが入っている。
それで遊びたいがため中原君ちを何度も訪れた。
中原君ちでごはんをいただいたのはこのころだ。
ごはんに塩をかけて食べたり、
レタスにマヨネーズをごはんにのせて食べたり、
実に新鮮であった。
ペネロープ愛用のピンク色のロールスロイスはいまも家にある。
ミニカー(バンダイ)だけれども。
2025年08月15日
士幌線 士幌(しほろ) 24 ジャージ
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 24 ジャージ
いまでこそ手に入れやすくなったが。
ジャージは高かった。
アディダスなどいわゆるメーカー品は特に高かった。
小学生のころはアディダスなぞ知らなかった。
濃紺に横2本線のジャージ、
小学校指定で買わざるをえなかったのか。
有沢呉服店で買ってもらったのか。
はじめてのジャージ素材の運動着である。
この素材、
摩擦熱にはめっぽう弱い。
体育館ですべって転ぶ。
いてて
膝っこぞうをさするまえに穴に目がいく。
やっべぇ
ジャージは溶けた余韻を残し1センチほどの穴を作っていた。
母親に訳をはなすと、
縫ってやる
ミシンをひっぱりだして直してくれた。
仕上をみてギョッとした。
ジャージの膝に縦10センチの縫目が5本ある。
こんなんじゃカッコ悪くて履けない、
といってだはんこく(駄々をこねる)。
が、
どうしようもない。
なにごともなかったかのように。
翌日も履いていた。
士幌線 士幌(しほろ) 24 ジャージ
いまでこそ手に入れやすくなったが。
ジャージは高かった。
アディダスなどいわゆるメーカー品は特に高かった。
小学生のころはアディダスなぞ知らなかった。
濃紺に横2本線のジャージ、
小学校指定で買わざるをえなかったのか。
有沢呉服店で買ってもらったのか。
はじめてのジャージ素材の運動着である。
この素材、
摩擦熱にはめっぽう弱い。
体育館ですべって転ぶ。
いてて
膝っこぞうをさするまえに穴に目がいく。
やっべぇ
ジャージは溶けた余韻を残し1センチほどの穴を作っていた。
母親に訳をはなすと、
縫ってやる
ミシンをひっぱりだして直してくれた。
仕上をみてギョッとした。
ジャージの膝に縦10センチの縫目が5本ある。
こんなんじゃカッコ悪くて履けない、
といってだはんこく(駄々をこねる)。
が、
どうしようもない。
なにごともなかったかのように。
翌日も履いていた。
2025年08月11日
士幌線 士幌(しほろ) 23 金肥
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 23 金肥
便所も風呂も離れてあった。
桂の離宮のハナレならまずしも、
家をつけたしつけたしして建てた家である。そもそもがじいちゃんの設計プランのいかがわしさにある。
なければつくればいい。
そうして造られた。
そんな気がする。
さて便所。
冬になり放っておくと糞のピラミッドができてくる。
これがなかなか崩せない。
外気とほとんど差がないので凍ったままである。
つっつくのだけれど氷が散るばかり。
あとはいうまい。
雪がとける。
肥(こやし)を畑にまく。
長い棒つきの柄杓(ひしゃく)で一斗缶に肥を入れる。
それを前後に棒で担ぐ。
これが重い。
バキューム車にきてもらうまでは、
そうして畑にまいていた。
金肥だそうな。
母親は何度も担いでいた。
わたくしはただくっせぇくっせぇとくりかえす役立たず。
祭で神輿を担いだときも肩にくい入る重たさに耐えがたく、
その日以降担ぐのをやめた。
同級生の森本君からなぜ担がないのか、
ずるよばわりされる始末。
その日以来の肩の負担に閉口する。
肥まき。
ご近所さんには迷惑なことであったろう。
が、
おたがいさまだから、
気になることではなかった。
においとて最初の日だけでしなくなる。
金肥ではあるが乾くと新聞紙が風になってとんでいった。
(注:当時水溶性のトイレットペーパーはまだなく灰色の便所紙か新聞紙をくしゃくしゃにして用をたしていた)
士幌線 士幌(しほろ) 23 金肥
便所も風呂も離れてあった。
桂の離宮のハナレならまずしも、
家をつけたしつけたしして建てた家である。そもそもがじいちゃんの設計プランのいかがわしさにある。
なければつくればいい。
そうして造られた。
そんな気がする。
さて便所。
冬になり放っておくと糞のピラミッドができてくる。
これがなかなか崩せない。
外気とほとんど差がないので凍ったままである。
つっつくのだけれど氷が散るばかり。
あとはいうまい。
雪がとける。
肥(こやし)を畑にまく。
長い棒つきの柄杓(ひしゃく)で一斗缶に肥を入れる。
それを前後に棒で担ぐ。
これが重い。
バキューム車にきてもらうまでは、
そうして畑にまいていた。
金肥だそうな。
母親は何度も担いでいた。
わたくしはただくっせぇくっせぇとくりかえす役立たず。
祭で神輿を担いだときも肩にくい入る重たさに耐えがたく、
その日以降担ぐのをやめた。
同級生の森本君からなぜ担がないのか、
ずるよばわりされる始末。
その日以来の肩の負担に閉口する。
肥まき。
ご近所さんには迷惑なことであったろう。
が、
おたがいさまだから、
気になることではなかった。
においとて最初の日だけでしなくなる。
金肥ではあるが乾くと新聞紙が風になってとんでいった。
(注:当時水溶性のトイレットペーパーはまだなく灰色の便所紙か新聞紙をくしゃくしゃにして用をたしていた)
2025年08月09日
士幌線 士幌(しほろ) 22 学芸会
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 22 学芸会
学芸会があって、
端役でひとぜりふ、
人は右、車は左の対面交通
本番の前日稽古でやらかした。
セリフは先録りでテープレコーダーにおさめてある。
出のタイミングを間違えてしまったのである。
笑いがおこる。
恥ずかしかった。
本番ではタイミングばっちり。
出番を終えるや一目散に職員室に走っていった。
職員室はからっぽ。
先生はいなかった。
保育所に通っていたころは金太郎の役をおおせつかった。
胸に結んだ菱形の腹かけがいやだ、
と、
だはんこいた(だだをこねた)記憶がある。
金太郎といえば主役ではないか。
が、
あとのことはおぼえてない。
小学校の高学年ともなると全員登場というわけにはならなかった。
目には見えない線を引かれたようにおもう。
鼓笛隊とて小太鼓奏者の夢かなわずその他大勢組のリコーダーを吹いた。
ふたたび学芸会。
その年の出し物は沖縄民謡。
男女10名が選ばれた。
わすれもしない安里屋ユンタである。
選ばれなくてよかったとは思っていた。
いざ本番。
おなじクラスのメンバーが踊るのを舞台の下から観ていると、
でたかったなぁ。
見つめていたのを覚えている。
士幌線 士幌(しほろ) 22 学芸会
学芸会があって、
端役でひとぜりふ、
人は右、車は左の対面交通
本番の前日稽古でやらかした。
セリフは先録りでテープレコーダーにおさめてある。
出のタイミングを間違えてしまったのである。
笑いがおこる。
恥ずかしかった。
本番ではタイミングばっちり。
出番を終えるや一目散に職員室に走っていった。
職員室はからっぽ。
先生はいなかった。
保育所に通っていたころは金太郎の役をおおせつかった。
胸に結んだ菱形の腹かけがいやだ、
と、
だはんこいた(だだをこねた)記憶がある。
金太郎といえば主役ではないか。
が、
あとのことはおぼえてない。
小学校の高学年ともなると全員登場というわけにはならなかった。
目には見えない線を引かれたようにおもう。
鼓笛隊とて小太鼓奏者の夢かなわずその他大勢組のリコーダーを吹いた。
ふたたび学芸会。
その年の出し物は沖縄民謡。
男女10名が選ばれた。
わすれもしない安里屋ユンタである。
選ばれなくてよかったとは思っていた。
いざ本番。
おなじクラスのメンバーが踊るのを舞台の下から観ていると、
でたかったなぁ。
見つめていたのを覚えている。
2025年08月08日
士幌線 士幌(しほろ) 21 墨と表札
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 21 墨と表札
書道を習っていたころである。
習いはじめたころゆえか、
墨をすること、
筆を持つ手が新鮮で、
習字が楽しくてしかたない。
(こういう時もあったのである)
チラシの裏に墨の無駄使いをかさねたものである。
家に表札がないことに気づいた。
そこでわたくしは玄関脇の木壁に、
半紙にはおさまりそうな大文字を墨で、
細野
と書いてしまった。
書いた当時は、
どんなもんだ、
とおもっていたが、
あるとき、
道をはさんで士幌駅前のバス停留所からはっきりと墨文字が解読できる。
こりゃぁ、
まずい、
めだちすぎる。
のち中学生になって中士幌方面行きスクールバスが家の前を通る。
同乗する同級生にはわが家はすぐに見つけられた。
だって細野って書いてあるべさ。
墨の文字は兄貴が家を解体するまで残っていた。
士幌線 士幌(しほろ) 21 墨と表札
書道を習っていたころである。
習いはじめたころゆえか、
墨をすること、
筆を持つ手が新鮮で、
習字が楽しくてしかたない。
(こういう時もあったのである)
チラシの裏に墨の無駄使いをかさねたものである。
家に表札がないことに気づいた。
そこでわたくしは玄関脇の木壁に、
半紙にはおさまりそうな大文字を墨で、
細野
と書いてしまった。
書いた当時は、
どんなもんだ、
とおもっていたが、
あるとき、
道をはさんで士幌駅前のバス停留所からはっきりと墨文字が解読できる。
こりゃぁ、
まずい、
めだちすぎる。
のち中学生になって中士幌方面行きスクールバスが家の前を通る。
同乗する同級生にはわが家はすぐに見つけられた。
だって細野って書いてあるべさ。
墨の文字は兄貴が家を解体するまで残っていた。
2025年08月03日
士幌線 士幌(しほろ) 20 下手な上塗り
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 20 下手な上塗り
士幌小学校の横に士幌町役場はあった。
父親は車で出勤し、昼は家で食事をとる。
スキムミルクを飲んでいた。
家の車はナンバープレートをみればすぐわかる。
小学校からの帰り道、
役場の駐車場。
白のブルーバード。
父親の車ボンネットに、
バカと書かれていた。
石かなにか固く鋭利なもので記したのであろう、
細いキズになっていた。
数日して、
車をみると、
ボンネットあたり、
地の白色とおなじような白色でキズは消えていた。
けれど、
どうみても太い文字で書かれているようにしかみえない。
バカ
としか読めなかった。
まさに恥の上塗り、
といおうか、
下手な上塗りであった。
士幌線 士幌(しほろ) 20 下手な上塗り
士幌小学校の横に士幌町役場はあった。
父親は車で出勤し、昼は家で食事をとる。
スキムミルクを飲んでいた。
家の車はナンバープレートをみればすぐわかる。
小学校からの帰り道、
役場の駐車場。
白のブルーバード。
父親の車ボンネットに、
バカと書かれていた。
石かなにか固く鋭利なもので記したのであろう、
細いキズになっていた。
数日して、
車をみると、
ボンネットあたり、
地の白色とおなじような白色でキズは消えていた。
けれど、
どうみても太い文字で書かれているようにしかみえない。
バカ
としか読めなかった。
まさに恥の上塗り、
といおうか、
下手な上塗りであった。
2025年07月30日
士幌線 士幌(しほろ) 19 ビー玉遊び
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 19 ビー玉遊び
市街地だけの舗装であった。
国道241号線である。
実家は町のはずれで、
あたりには、
士幌駅舎があった。
そのせいか、
駅前の細野さんちであった。
木造の家屋は2階建。
わたくしはそこの2階でうまれた。
家屋と国道のあいだにはよこながの敷地があって、
なにがしかのあそびが催されていた。
ビー玉。
わたくしはおさなすぎたためなかまにはいれてもらえなかったが、
兄貴たちは、
ビー玉をとったりとられたり。
うちかたはふたつ。
いまにおもえば奇妙である。
うえからねらうのがオビヒロ。
OKサインのまま、
小指を地面につけて、
親指と人差し指ではさんだ玉をおしだすのがシホロ、
といった。
15センチ見当の箱をかいて、
そこから2メートルはなれたところのスタートラインからそれぞれの持ち玉をほうる。
箱に近い順でプレイがはじまる。
いいや、
スタートラインにむけてビー玉をなげる。
いちばんラインにちかいひとが先攻であったかもしれない。
15センチ見当の箱には、
場代として、
ビー玉をおいた。
ビー玉は大中小の3種類。
模様のはいった球もあった。
ビー玉にあてて、
線のそとにだせばそのビー玉を手にいれられたんじゃなかったかしら。
士幌線 士幌(しほろ) 19 ビー玉遊び
市街地だけの舗装であった。
国道241号線である。
実家は町のはずれで、
あたりには、
士幌駅舎があった。
そのせいか、
駅前の細野さんちであった。
木造の家屋は2階建。
わたくしはそこの2階でうまれた。
家屋と国道のあいだにはよこながの敷地があって、
なにがしかのあそびが催されていた。
ビー玉。
わたくしはおさなすぎたためなかまにはいれてもらえなかったが、
兄貴たちは、
ビー玉をとったりとられたり。
うちかたはふたつ。
いまにおもえば奇妙である。
うえからねらうのがオビヒロ。
OKサインのまま、
小指を地面につけて、
親指と人差し指ではさんだ玉をおしだすのがシホロ、
といった。
15センチ見当の箱をかいて、
そこから2メートルはなれたところのスタートラインからそれぞれの持ち玉をほうる。
箱に近い順でプレイがはじまる。
いいや、
スタートラインにむけてビー玉をなげる。
いちばんラインにちかいひとが先攻であったかもしれない。
15センチ見当の箱には、
場代として、
ビー玉をおいた。
ビー玉は大中小の3種類。
模様のはいった球もあった。
ビー玉にあてて、
線のそとにだせばそのビー玉を手にいれられたんじゃなかったかしら。
2025年07月24日
士幌線 士幌(しほろ) 18 コーラ
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 18
コーラ
コカコーラを口にしたとき、
なんてクスリくさいのだろう、
兄貴がいった。
ほんとクスリみたいだとおもった。
コカコーラの大瓶を買ってきて、
コップに移すのだけれと、
テレビコマーシャルのようにコップに3杯とはいかず、
軽く2杯にしかならない。
納得できない。
氷を入れれば嵩(かさ)がふえるだけのことを知り、
ごまかしじゃないかとひとりおもった。
ローヤルクラウンコーラというのが発売された。
栓を抜くと、
栓の裏に、
あたりの文字。
それを栗山商店にもっていくと、
もう1本もらえた。
いまはみかけない。
けれどあの味は忘れてはいないんじゃないかな。
味覚には存外、
記憶を強めるチカラとでもいおうか、
ふと思い出があらわれる、
忘れがたいチカラがある。
士幌線 士幌(しほろ) 18
コーラ
コカコーラを口にしたとき、
なんてクスリくさいのだろう、
兄貴がいった。
ほんとクスリみたいだとおもった。
コカコーラの大瓶を買ってきて、
コップに移すのだけれと、
テレビコマーシャルのようにコップに3杯とはいかず、
軽く2杯にしかならない。
納得できない。
氷を入れれば嵩(かさ)がふえるだけのことを知り、
ごまかしじゃないかとひとりおもった。
ローヤルクラウンコーラというのが発売された。
栓を抜くと、
栓の裏に、
あたりの文字。
それを栗山商店にもっていくと、
もう1本もらえた。
いまはみかけない。
けれどあの味は忘れてはいないんじゃないかな。
味覚には存外、
記憶を強めるチカラとでもいおうか、
ふと思い出があらわれる、
忘れがたいチカラがある。
2025年07月21日
士幌線 士幌(しほろ) 17 校長先生
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 17
小学校に入るとき校長先生と親子で面談があった。
校長先生はおなじ苗字で、
黒縁の眼鏡をかけていた。
おうちはどこですか?
士幌町全図をテーブルに広げた。
母親はまったく対応できず、
わたくしが、
ここです。
答えたおぼえがある。
地図は読めたのだろう。
ジャポニカ百科事典を買いそろえたとき、
別巻日本大地図の巻末に2色刷りの都市図があって、
そこに百貨店を見つけては鉛筆でかこっていた。
いまおもいかえしても妙なことをしていたものである。
細野校長先生。
そののち函館行特急おおぞら車中、
白老あたりでおみかけし、
短い挨拶をかわしたことがある。
もちろんわたくしのことはおぼえていない。
士幌線 士幌(しほろ) 17
小学校に入るとき校長先生と親子で面談があった。
校長先生はおなじ苗字で、
黒縁の眼鏡をかけていた。
おうちはどこですか?
士幌町全図をテーブルに広げた。
母親はまったく対応できず、
わたくしが、
ここです。
答えたおぼえがある。
地図は読めたのだろう。
ジャポニカ百科事典を買いそろえたとき、
別巻日本大地図の巻末に2色刷りの都市図があって、
そこに百貨店を見つけては鉛筆でかこっていた。
いまおもいかえしても妙なことをしていたものである。
細野校長先生。
そののち函館行特急おおぞら車中、
白老あたりでおみかけし、
短い挨拶をかわしたことがある。
もちろんわたくしのことはおぼえていない。
2025年07月19日
士幌線 士幌(しほろ) 16 輓馬(ばんば)
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 16
輓馬(ばんば)といっていた。
季節はわすれたが、
公営住宅が建つ前は空き地で、
そこで輓馬がおこなわれていた。
距離にして50mほど。
障害となる山はひとつだけではなかったか。
露店が何軒か点在していた。
わたくしはそこで綿菓子が作られる機械の横にいた。
綿菓子をこっそりかすめとるのである。
ひっきりなしにあくことなく続けていた。
その光景を母親がみていた。
恥ずかしかった。
のち母親はいった。
わたくしは、
綿菓子をこしらえているおじさんが、
懸命にワタアメを手にいれようとしているちびっ子に対し、
いかに寛容であったか。
御礼とともにたたえたい。
割箸1本でワタアメをかすめとっていた子供が、
いまや白髪の初老になりました。
士幌線 士幌(しほろ) 16
輓馬(ばんば)といっていた。
季節はわすれたが、
公営住宅が建つ前は空き地で、
そこで輓馬がおこなわれていた。
距離にして50mほど。
障害となる山はひとつだけではなかったか。
露店が何軒か点在していた。
わたくしはそこで綿菓子が作られる機械の横にいた。
綿菓子をこっそりかすめとるのである。
ひっきりなしにあくことなく続けていた。
その光景を母親がみていた。
恥ずかしかった。
のち母親はいった。
わたくしは、
綿菓子をこしらえているおじさんが、
懸命にワタアメを手にいれようとしているちびっ子に対し、
いかに寛容であったか。
御礼とともにたたえたい。
割箸1本でワタアメをかすめとっていた子供が、
いまや白髪の初老になりました。
2025年07月16日
士幌線 士幌(しほろ) 15 書の道
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 15
書道をならっていた。
師匠は小学校の深田先生である。
深田先生、
琴も教えた。
週に一回日曜日であった。
なぜ書道であったのか。
忘れてしまった。
いやいや通っていたのは覚えている。
同窓も何人かいた。
小学校の教員住宅は公民館の裏手にあった。
おなじころそろばんの講習が公民館でおこなわれていた。
習うならそろばんのほうがいいのにな、
なぞと三日坊主がよくいえたものである。
十勝の書道大会があった。
帯広に十勝日報という新聞社があった。
わたくしはその十勝日報賞をもらった。
式典の日は大雪で糠平発の十勝バスが遅れてこない。
母親とふたり足寄発の拓殖バスで帯広にむかった。
会場は人一杯で、つぎからつぎに賞状とメダルがわたされるだけ。
メダルをもらう子は少なかった。
強い子
半切?の半紙に書いた。
筆を持つわたくしの手を深田先生が握る。
ズルである。
自力では到底書けない書ができあがる。
数回試したであろうか。
あのような字は小学生で書くとすれば有段者のツワモノ以外は書けまい。
いまのわたくしでも無理である。
書の道は二段候補でよしてしまった。
士幌線 士幌(しほろ) 15
書道をならっていた。
師匠は小学校の深田先生である。
深田先生、
琴も教えた。
週に一回日曜日であった。
なぜ書道であったのか。
忘れてしまった。
いやいや通っていたのは覚えている。
同窓も何人かいた。
小学校の教員住宅は公民館の裏手にあった。
おなじころそろばんの講習が公民館でおこなわれていた。
習うならそろばんのほうがいいのにな、
なぞと三日坊主がよくいえたものである。
十勝の書道大会があった。
帯広に十勝日報という新聞社があった。
わたくしはその十勝日報賞をもらった。
式典の日は大雪で糠平発の十勝バスが遅れてこない。
母親とふたり足寄発の拓殖バスで帯広にむかった。
会場は人一杯で、つぎからつぎに賞状とメダルがわたされるだけ。
メダルをもらう子は少なかった。
強い子
半切?の半紙に書いた。
筆を持つわたくしの手を深田先生が握る。
ズルである。
自力では到底書けない書ができあがる。
数回試したであろうか。
あのような字は小学生で書くとすれば有段者のツワモノ以外は書けまい。
いまのわたくしでも無理である。
書の道は二段候補でよしてしまった。
2025年07月15日
士幌線 士幌(しほろ) 14 公民館
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 14
かんがいこ、
とよんでいた。
音更川を頭首工で堰とめて
澱粉工場や
雪印マッシュポテト工場
そして農業用水路。
まちなかを流れる川があった。
幅10メートルはなかったとおもう。
川のむこうは士幌郵便局があった。
夏そこで泳いでいたら溺れそうになった。
小学生では川底に足はつかなかった。
浮輪の扱いに慣れていなかったからだとおもう。
一回転してしまった。
あわてた。
公民館は灌漑溝すぐちかくにあった。
教育委員会の事務所の奥にちいさな図書室があって自由に閲覧できた。
父親は地方官吏でどの職員もわたくしがその息子であることをしっている。
ダムや鉄橋などおおきな人造物が好きで関連の本を借りたりもした。
いつぞや、
細野さんちの子は本がたいそうすきらしく、
ずいぶんと熱心だ、
と母親がいわれたという。
わたくしとしては、
みにおぼえのないこととはいえ、
なんだかすこしだけうれしかったおもいがある。
公民館は平屋で床は木。
黒く、
床剤でいつも独特なにおいがしていた。
士幌線 士幌(しほろ) 14
かんがいこ、
とよんでいた。
音更川を頭首工で堰とめて
澱粉工場や
雪印マッシュポテト工場
そして農業用水路。
まちなかを流れる川があった。
幅10メートルはなかったとおもう。
川のむこうは士幌郵便局があった。
夏そこで泳いでいたら溺れそうになった。
小学生では川底に足はつかなかった。
浮輪の扱いに慣れていなかったからだとおもう。
一回転してしまった。
あわてた。
公民館は灌漑溝すぐちかくにあった。
教育委員会の事務所の奥にちいさな図書室があって自由に閲覧できた。
父親は地方官吏でどの職員もわたくしがその息子であることをしっている。
ダムや鉄橋などおおきな人造物が好きで関連の本を借りたりもした。
いつぞや、
細野さんちの子は本がたいそうすきらしく、
ずいぶんと熱心だ、
と母親がいわれたという。
わたくしとしては、
みにおぼえのないこととはいえ、
なんだかすこしだけうれしかったおもいがある。
公民館は平屋で床は木。
黒く、
床剤でいつも独特なにおいがしていた。
2025年07月07日
士幌線 士幌(しほろ) 13 上士幌町 芳賀製麺所
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 13
上士幌町に唯一製麺所があった。
芳賀製麺所。
2玉入。
透明なビニル?の袋に濃紺で印刷が施されていた。
黄緑の印刷のもあったっけ。
家中みんな麺類は好物であった。
そのころ食べた母親特製ラーメン。
麺はもちろん芳賀製麺所製。
数十年後福島県喜多方市のまこと食堂のそれと似た味でおどろいた。
夏は冷やしラーメン。
芳賀製麺所の麺。
母親はタッパーウェアに酸味のきいたタレを作りおき。
冷やし中華と知ったのは上京してからである。
実家は本家。
休みになると叔父叔母が伴侶をつれてやってくる。
ちびっ子の面倒はわたくしがみた。
母親はかれらの胃袋をみたすため豚丼のタレをこしらえる。
これが帯広市のぱんちょうのタレに引けを取らない出来である。
美味しいの声に母親まんざらでもない表情が読み取れた。
ちなみにこのタレ、
ガラス瓶で日持ちしたのを覚えている。
士幌線 士幌(しほろ) 13
上士幌町に唯一製麺所があった。
芳賀製麺所。
2玉入。
透明なビニル?の袋に濃紺で印刷が施されていた。
黄緑の印刷のもあったっけ。
家中みんな麺類は好物であった。
そのころ食べた母親特製ラーメン。
麺はもちろん芳賀製麺所製。
数十年後福島県喜多方市のまこと食堂のそれと似た味でおどろいた。
夏は冷やしラーメン。
芳賀製麺所の麺。
母親はタッパーウェアに酸味のきいたタレを作りおき。
冷やし中華と知ったのは上京してからである。
実家は本家。
休みになると叔父叔母が伴侶をつれてやってくる。
ちびっ子の面倒はわたくしがみた。
母親はかれらの胃袋をみたすため豚丼のタレをこしらえる。
これが帯広市のぱんちょうのタレに引けを取らない出来である。
美味しいの声に母親まんざらでもない表情が読み取れた。
ちなみにこのタレ、
ガラス瓶で日持ちしたのを覚えている。
2025年07月04日
士幌線 士幌(しほろ) 12 士幌駅
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 12
士幌駅はこだかくなっていた。
線路自体が平衡を保つため盛り土である。
坂をおりるとお菓子屋さんがあった。
奥の線路沿には駅員さんの宿舎が2棟?
道路をへだてたむかいには日本通運の営業所など、
それなりに家屋はあった。
士幌駅は士幌市街のはずれにある。
市街地をかすめもしない。
どうしてそんな立地になったのだろう。
駅周囲には士幌農業協同組合の倉庫や澱粉工場がある。
それが反映していたのかもしれない。
駅舎の反対側線路の向う側にはなにもなかった。
道すらなかった。
線路の脇は急勾配になっていて草ぼうぼうではなかったか。
帯広上士幌方面それぞれに信号機があった。
腕木式信号機という手動式である。
(士幌駅は士幌交通公園内に保存されていて信号機も在るはず。但し、わたくしが上った信号機ではあるまい)
ちょろまつのわたくしは家に囲を作られた。
にもかかわらず越えて外へ出る。
あるとき母親は捕まえようと追う。
捕まったら最後だとこちらは逃げる。
国鉄バス車庫隣は原っぱで、
そこを走りぬける。
線路の盛り土を登り帯広方面信号機のハシゴを上っていった。
信号機に上り下を見ると母親がこちらを見てなにかを懇願している。
記憶はそこまで。
まるで追いつめられた子猿同然であった。
士幌線 士幌(しほろ) 12
士幌駅はこだかくなっていた。
線路自体が平衡を保つため盛り土である。
坂をおりるとお菓子屋さんがあった。
奥の線路沿には駅員さんの宿舎が2棟?
道路をへだてたむかいには日本通運の営業所など、
それなりに家屋はあった。
士幌駅は士幌市街のはずれにある。
市街地をかすめもしない。
どうしてそんな立地になったのだろう。
駅周囲には士幌農業協同組合の倉庫や澱粉工場がある。
それが反映していたのかもしれない。
駅舎の反対側線路の向う側にはなにもなかった。
道すらなかった。
線路の脇は急勾配になっていて草ぼうぼうではなかったか。
帯広上士幌方面それぞれに信号機があった。
腕木式信号機という手動式である。
(士幌駅は士幌交通公園内に保存されていて信号機も在るはず。但し、わたくしが上った信号機ではあるまい)
ちょろまつのわたくしは家に囲を作られた。
にもかかわらず越えて外へ出る。
あるとき母親は捕まえようと追う。
捕まったら最後だとこちらは逃げる。
国鉄バス車庫隣は原っぱで、
そこを走りぬける。
線路の盛り土を登り帯広方面信号機のハシゴを上っていった。
信号機に上り下を見ると母親がこちらを見てなにかを懇願している。
記憶はそこまで。
まるで追いつめられた子猿同然であった。
2025年07月01日
士幌線 士幌(しほろ) 11 クリスマス
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 11
クリスマスもヴァレンタインデイも母親がもちこんだ。
化粧品のセールスレディであったから、
ちまたの浮き沈みには敏感であったのだとおもう。
わたくしはサンタさんはいるものだとおもっていた。
家の煙突はぬかストーブだから細い。
あんなところをどうやって降りてくるのか不思議でならなかった。
あしたはクリスマスイヴの夜。
洗濯したての真白な靴下を手アイロンで丁寧に伸ばす。
枕元にそろえておくのである。
翌朝めざめると靴下のうえに冒険王があった。
店頭で買うときはヒモで結んである。
その日はすでにほどいてあったような。
わたくしはそれをもって両親の待つ茶の間にかけおりていくのだ。
サンタさんがプレゼントしてくれた。
サンタさんがプレゼントしてくれた。
歓喜し、
ぬかストーブのまわりをなんどもなんどもまわったことだろう。
その時、
両親は目を細めてわたくしをみていたにちがいない。
士幌線 士幌(しほろ) 11
クリスマスもヴァレンタインデイも母親がもちこんだ。
化粧品のセールスレディであったから、
ちまたの浮き沈みには敏感であったのだとおもう。
わたくしはサンタさんはいるものだとおもっていた。
家の煙突はぬかストーブだから細い。
あんなところをどうやって降りてくるのか不思議でならなかった。
あしたはクリスマスイヴの夜。
洗濯したての真白な靴下を手アイロンで丁寧に伸ばす。
枕元にそろえておくのである。
翌朝めざめると靴下のうえに冒険王があった。
店頭で買うときはヒモで結んである。
その日はすでにほどいてあったような。
わたくしはそれをもって両親の待つ茶の間にかけおりていくのだ。
サンタさんがプレゼントしてくれた。
サンタさんがプレゼントしてくれた。
歓喜し、
ぬかストーブのまわりをなんどもなんどもまわったことだろう。
その時、
両親は目を細めてわたくしをみていたにちがいない。
2025年06月12日
士幌線 士幌(しほろ) 10 懐かしいにおい
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 10
夏。
士幌線の下り気動車。
2両編成。
窓は全開である。
士幌駅に近づくと踏切がある。
そのあたりになるとだれもが鼻をかぎたす。
まるで屁をかまされたかとおもうのだ。
正体はじゃかいも澱粉工場からでる廃液。
それがにおうのであった。
じゃがいも澱粉工場はじゃがいもの収穫にあわせて稼動していたのだとおもう。
これが旭川市では紙パルプ工場のにおい。
銚子市では醤油のにおい。
いずれも忘れられない街のにおいである。
公害にちがいないのだけれど、
工場が処理を工夫することで次第にきにならなくなったのではなかろうか。
たとえぐっすり眠っていても、
ああ、もうすぐ士幌駅だと目をさましてしまう。
常温で放置したじゃがいもを腐らせてしまったとき、
プ〜ンとにおいが鼻をかすめる。
だれもが、
くさい、
といって目をしかめるだろう。
わたくしにはそれが懐かしい。
ふるさとのにおいなのである。
士幌線 士幌(しほろ) 10
夏。
士幌線の下り気動車。
2両編成。
窓は全開である。
士幌駅に近づくと踏切がある。
そのあたりになるとだれもが鼻をかぎたす。
まるで屁をかまされたかとおもうのだ。
正体はじゃかいも澱粉工場からでる廃液。
それがにおうのであった。
じゃがいも澱粉工場はじゃがいもの収穫にあわせて稼動していたのだとおもう。
これが旭川市では紙パルプ工場のにおい。
銚子市では醤油のにおい。
いずれも忘れられない街のにおいである。
公害にちがいないのだけれど、
工場が処理を工夫することで次第にきにならなくなったのではなかろうか。
たとえぐっすり眠っていても、
ああ、もうすぐ士幌駅だと目をさましてしまう。
常温で放置したじゃがいもを腐らせてしまったとき、
プ〜ンとにおいが鼻をかすめる。
だれもが、
くさい、
といって目をしかめるだろう。
わたくしにはそれが懐かしい。
ふるさとのにおいなのである。
2025年06月05日
士幌線 士幌(しほろ) 9 冬はさぶい
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 9
冬はさぶい。
とにかくさぶい。 (さぶい=さむい)
放射冷却現象としったのはそれからずうっとあとのことである。
現象がわかったとはいえさぶさがゆるむわけではない。
夜の空は格別である。
星を観るならば抜群ではなかろうか。
穴場ならズバリ、
東ヌプカウシヌプリ中腹の士幌高原。
ここならば天上はおろか地上までをも網羅する。
ただし防寒具を完備してのぞむべきかな。
小学生のころ同級生が天体望遠鏡をてにいれたときいておじゃました。
まず土星。
輪っかがあって表情がある。
天体観測初心者に人気である。
つぎは木星。
横にスジがはいっていてわかりやすい。
これもまあまあかもしれない。
シリウスをのぞむと発色の変化があった。
オリオン座のまんなかあたり、
いまでは馬頭星雲というらしいが当時の呼名で馬頭状星雲らしきものがたしかにみられた。
天上に目をやるとアンドロメダ星雲がぼやけてはいるがまさに教科書どおりのすがたである。
天体観測初心者のわたくしは狂喜した。
ぬくといといって反対はさぶといってか。
兄貴の同級生の山田さんが中学生のころいってたとおしえてくれた。
たまにおもいだす。
士幌線 士幌(しほろ) 9
冬はさぶい。
とにかくさぶい。 (さぶい=さむい)
放射冷却現象としったのはそれからずうっとあとのことである。
現象がわかったとはいえさぶさがゆるむわけではない。
夜の空は格別である。
星を観るならば抜群ではなかろうか。
穴場ならズバリ、
東ヌプカウシヌプリ中腹の士幌高原。
ここならば天上はおろか地上までをも網羅する。
ただし防寒具を完備してのぞむべきかな。
小学生のころ同級生が天体望遠鏡をてにいれたときいておじゃました。
まず土星。
輪っかがあって表情がある。
天体観測初心者に人気である。
つぎは木星。
横にスジがはいっていてわかりやすい。
これもまあまあかもしれない。
シリウスをのぞむと発色の変化があった。
オリオン座のまんなかあたり、
いまでは馬頭星雲というらしいが当時の呼名で馬頭状星雲らしきものがたしかにみられた。
天上に目をやるとアンドロメダ星雲がぼやけてはいるがまさに教科書どおりのすがたである。
天体観測初心者のわたくしは狂喜した。
ぬくといといって反対はさぶといってか。
兄貴の同級生の山田さんが中学生のころいってたとおしえてくれた。
たまにおもいだす。
2025年06月02日
士幌線 士幌(しほろ) 8 売店のある駅舎
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 8
士幌線に売店のある駅舎は
帯広駅
音更駅
上士幌駅
糠平駅
ではなかったか。
士幌駅にも売店があった。
鉄道弘済会とおもう。
スポーツ大好きの兄貴はそこが町で1番先にスポーツ新聞をてにいれられるのを熟知していた。
知りたいこと見たいことがあると新聞販売店ではなく駅の売店にはしった。
朝のこと。
床に水がまかれていた。
いついっても清潔で、
眼鏡がすぐくもるほどぬくかった(あたたかった)。
少年マンガ誌や週刊誌お菓子飲物がそろっている。
ここだけが帯広とアップトゥデイトにつながっていた。
そこで冒険王をかった。
なんどもかった。
付録がついていた。
たまらぬ魅力であった。
漫画には興味がわかなかった。
読むには読むけれどつぎもまた読みたいとはならなかった。
冒険王はただ付録がほしくてかっていた。
士幌線 士幌(しほろ) 8
士幌線に売店のある駅舎は
帯広駅
音更駅
上士幌駅
糠平駅
ではなかったか。
士幌駅にも売店があった。
鉄道弘済会とおもう。
スポーツ大好きの兄貴はそこが町で1番先にスポーツ新聞をてにいれられるのを熟知していた。
知りたいこと見たいことがあると新聞販売店ではなく駅の売店にはしった。
朝のこと。
床に水がまかれていた。
いついっても清潔で、
眼鏡がすぐくもるほどぬくかった(あたたかった)。
少年マンガ誌や週刊誌お菓子飲物がそろっている。
ここだけが帯広とアップトゥデイトにつながっていた。
そこで冒険王をかった。
なんどもかった。
付録がついていた。
たまらぬ魅力であった。
漫画には興味がわかなかった。
読むには読むけれどつぎもまた読みたいとはならなかった。
冒険王はただ付録がほしくてかっていた。
2025年05月28日
士幌線 士幌(しほろ) 7 学習か科学か
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 7
5年生以上ではなかったか。
小学校で雑誌をうけとった。
連絡がはいり体育館にならぶ。
昼休ではなかったか。
列はふたつ。
学習と科学である。
学研の雑誌であるのはのち知った。
わたくしは学習で、
学習科学ともに買うツワモノがいた。
たしかにこどもこころにもかれらがあたまひとつぬきんでていること、
裕福であろうことはみとめざるをえなかった。
ひとにぎりではあった。
うらやましかった。
両誌ともに付録がめだまであった。
パンづくりセットがあった。
酵母菌でふくらませるところでつまづいた。
まちきれなかった。
飴づくりのキットであったか。
家に帰りさっそくとりかかってみた。
店で売っている鼈甲飴(べっこうあめ)の味がした。
青写真を撮るキットでは手に負えなくて頓挫してしまった。
そもそも興味がなかったからかもしれない。
いまでも宝島社などが豪華付録を謳い文句に雑誌を書店にならべる。
アイデアとしてのあたらしさはない。
雑誌をうるための常道かもしれぬのに、
そのことをほとんどのひとが忘れていたか知らないだけ、
なのだとおもう。
士幌線 士幌(しほろ) 7
5年生以上ではなかったか。
小学校で雑誌をうけとった。
連絡がはいり体育館にならぶ。
昼休ではなかったか。
列はふたつ。
学習と科学である。
学研の雑誌であるのはのち知った。
わたくしは学習で、
学習科学ともに買うツワモノがいた。
たしかにこどもこころにもかれらがあたまひとつぬきんでていること、
裕福であろうことはみとめざるをえなかった。
ひとにぎりではあった。
うらやましかった。
両誌ともに付録がめだまであった。
パンづくりセットがあった。
酵母菌でふくらませるところでつまづいた。
まちきれなかった。
飴づくりのキットであったか。
家に帰りさっそくとりかかってみた。
店で売っている鼈甲飴(べっこうあめ)の味がした。
青写真を撮るキットでは手に負えなくて頓挫してしまった。
そもそも興味がなかったからかもしれない。
いまでも宝島社などが豪華付録を謳い文句に雑誌を書店にならべる。
アイデアとしてのあたらしさはない。
雑誌をうるための常道かもしれぬのに、
そのことをほとんどのひとが忘れていたか知らないだけ、
なのだとおもう。
2025年05月08日
士幌線 士幌(しほろ) 6 じいちゃんの日記帳
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 6
じいちゃん晩年は脳のやまいで難儀し難儀させられもした。
じいちゃん日記はつけていた。
カンロ飴が好物であった。
じいちゃんがおおきなあくびをする。
すかさず兄貴がじいちゃんの口に息をはく。
じいちゃん、
やめえ
といって口をとじた。
いたずらするたび訛りがでてくる。
兄貴にはそれがたまらなくおかしかった。
兄貴が初孫でたいそうかわいがっていた。
兄貴もじいちゃんっこであった。
帯広に大相撲の夏巡業がきて砂っかぶりでみていたら、
明武谷のやつあやまりもしない。
憤慨していた。
土俵から関取がなだれおちてきたらしい。
兄貴にぶつかったが明武谷関はうんともすんともいはなかった。
それに腹をたてていた。
日記である。
カンロアメ100円。
一日一行。
昇くる。
(昇とは函館に住む4男)
一日一行。
鉛筆でかいてあった。
晩年は空白がめだつようになった。
士幌線 士幌(しほろ) 6
じいちゃん晩年は脳のやまいで難儀し難儀させられもした。
じいちゃん日記はつけていた。
カンロ飴が好物であった。
じいちゃんがおおきなあくびをする。
すかさず兄貴がじいちゃんの口に息をはく。
じいちゃん、
やめえ
といって口をとじた。
いたずらするたび訛りがでてくる。
兄貴にはそれがたまらなくおかしかった。
兄貴が初孫でたいそうかわいがっていた。
兄貴もじいちゃんっこであった。
帯広に大相撲の夏巡業がきて砂っかぶりでみていたら、
明武谷のやつあやまりもしない。
憤慨していた。
土俵から関取がなだれおちてきたらしい。
兄貴にぶつかったが明武谷関はうんともすんともいはなかった。
それに腹をたてていた。
日記である。
カンロアメ100円。
一日一行。
昇くる。
(昇とは函館に住む4男)
一日一行。
鉛筆でかいてあった。
晩年は空白がめだつようになった。
2025年05月03日
士幌線 士幌(しほろ) 5 ねっちゃん
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 5
ねっちゃん。
伯母は父親の姉。
顔に火傷の痕をのこしていた。
士幌駅前に美容室をひらいた。
旦那さんの家を改築した。
のち士幌町農業協同組合が新築しスーパーマーケットを併設した。
そこで理容美容をもうけることになり伯母は移転する。
伯母は先生とよばれていた。
まだ駅前の美容室にいるころ。
帯広レコードオイカワでかったばかりのビートルズ オールディズをもっていく。
ステレオかしてね
そういうと伯母はうなずいて微笑んだ。
わたくしの家には4本脚の古いステレオしかない。
パイオニアのセパレートステレオを伯母はもっていた。
つかいこなしてはいなかった。
それをつかわせてもらう。
ときに伯母からもよびだされた。
伯母は帯広のレコード店ムジカで買う。
店長から推薦してもらうといっていた。
カールベームのベートーヴェンをかったんだといってわたくしにみせ聴かせた。
コーヒーを淹れるからおいで。
コーヒーは豆から淹れた。
カルパスをつまみながらふたりでいただいた。
伯母とは波長があった。
わたくしがいつも他人行儀なことばをつかう。
そう指摘したのはわたくしの母親である。
伯母とわたくしが口争いした。
そのときわたくしが伯母のアザにふれたらしい。
伯母は涙をみせたという。
以来わたくしなりに失礼のないようにと丁寧なことばを使おうときめたのではなかろうか。
Aコープに移転して美容室の経営も首尾よくいっていた。
好事魔おおし。
しばらくして病に斃れた。
死後ばあちゃんは娘の死よりも顔にキズをおわせたことを悔いていた。
パリにいきたかったろうに。
短髪ですらっと背がたかい。
キリッとしている。
品がよくって勉強ずき。
モダニスト。
なによりわたくしをおおいにかわいがってくれた。
士幌線 士幌(しほろ) 5
ねっちゃん。
伯母は父親の姉。
顔に火傷の痕をのこしていた。
士幌駅前に美容室をひらいた。
旦那さんの家を改築した。
のち士幌町農業協同組合が新築しスーパーマーケットを併設した。
そこで理容美容をもうけることになり伯母は移転する。
伯母は先生とよばれていた。
まだ駅前の美容室にいるころ。
帯広レコードオイカワでかったばかりのビートルズ オールディズをもっていく。
ステレオかしてね
そういうと伯母はうなずいて微笑んだ。
わたくしの家には4本脚の古いステレオしかない。
パイオニアのセパレートステレオを伯母はもっていた。
つかいこなしてはいなかった。
それをつかわせてもらう。
ときに伯母からもよびだされた。
伯母は帯広のレコード店ムジカで買う。
店長から推薦してもらうといっていた。
カールベームのベートーヴェンをかったんだといってわたくしにみせ聴かせた。
コーヒーを淹れるからおいで。
コーヒーは豆から淹れた。
カルパスをつまみながらふたりでいただいた。
伯母とは波長があった。
わたくしがいつも他人行儀なことばをつかう。
そう指摘したのはわたくしの母親である。
伯母とわたくしが口争いした。
そのときわたくしが伯母のアザにふれたらしい。
伯母は涙をみせたという。
以来わたくしなりに失礼のないようにと丁寧なことばを使おうときめたのではなかろうか。
Aコープに移転して美容室の経営も首尾よくいっていた。
好事魔おおし。
しばらくして病に斃れた。
死後ばあちゃんは娘の死よりも顔にキズをおわせたことを悔いていた。
パリにいきたかったろうに。
短髪ですらっと背がたかい。
キリッとしている。
品がよくって勉強ずき。
モダニスト。
なによりわたくしをおおいにかわいがってくれた。
2025年04月30日
士幌線 士幌(しほろ) 4 足寄国道バイパス
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 4
いまでは足寄国道という。
上士幌も士幌も、
それまではまちなかを国道241号がはしっていた。
士幌線の踏切をわたらねばならない。
交通量もふえる。
そこでまちなかと踏切をさけるべくバイパスができた。
バイパスは上士幌、士幌とも、
帯広側の踏切手前から右ななめに、
いっきに町をはしょっていく。
バイパスができたころ自転車ではしってみた。
いきかう車は少ない。
畑がひろがるばかり。
赤いトタン屋根の士幌駅がみえる。
みたことのない角度から士幌駅をみた。
こだかいところに駅はある。
遠く東ヌプカウシヌプリをのぞむ。
新鮮であった。
いまおもう。
それは絶景である。
士幌町農業協同組合所有の倉庫がたちならぶ。
引込線がしかれていたとはしらなかった。
あとはいつもの景色とかわらない。
防風林にかこまれた家が点在。
たてながの黒土畑。
なぁんだ、
落胆したのをおぼえている。
士幌線 士幌(しほろ) 4
いまでは足寄国道という。
上士幌も士幌も、
それまではまちなかを国道241号がはしっていた。
士幌線の踏切をわたらねばならない。
交通量もふえる。
そこでまちなかと踏切をさけるべくバイパスができた。
バイパスは上士幌、士幌とも、
帯広側の踏切手前から右ななめに、
いっきに町をはしょっていく。
バイパスができたころ自転車ではしってみた。
いきかう車は少ない。
畑がひろがるばかり。
赤いトタン屋根の士幌駅がみえる。
みたことのない角度から士幌駅をみた。
こだかいところに駅はある。
遠く東ヌプカウシヌプリをのぞむ。
新鮮であった。
いまおもう。
それは絶景である。
士幌町農業協同組合所有の倉庫がたちならぶ。
引込線がしかれていたとはしらなかった。
あとはいつもの景色とかわらない。
防風林にかこまれた家が点在。
たてながの黒土畑。
なぁんだ、
落胆したのをおぼえている。
2025年04月28日
士幌線 士幌(しほろ) 3 士幌駅
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 3
士幌線は単線。
駅は上下線のホームがあった。
相対式2面2線というそうな。
駅舎のあるほうが下り上士幌方面行。
帯広へいくときは、
線路をわたりもうひとつの乗場にいかなくてはならなかった。
線路のうえから上士幌方面をのぞむ。
鉄路は上り下りともまっすぐのびている。
四角いディーゼル車がこちらにむかっている。
士幌駅のむこう側には製材所があった。
トロッコ用の線路が小屋と小屋のあいだに敷かれていた。
そこには大好きなポイント切替が装置されていた。
だれもいないときだ。
トロッコをゆっくりはしらせる。
ポイントのうえを車輪がすべる。
レールのすきまで車輪がゴトン。
またゴトン。
なんどもなんどもくりかえす。
わたくしはただうっとりと悦にいる。
線路の奥には製材所からでる木のぬか置場があった。
このぬかをわがやのストーブの燃料につかっていた。
士幌線 士幌(しほろ) 3
士幌線は単線。
駅は上下線のホームがあった。
相対式2面2線というそうな。
駅舎のあるほうが下り上士幌方面行。
帯広へいくときは、
線路をわたりもうひとつの乗場にいかなくてはならなかった。
線路のうえから上士幌方面をのぞむ。
鉄路は上り下りともまっすぐのびている。
四角いディーゼル車がこちらにむかっている。
士幌駅のむこう側には製材所があった。
トロッコ用の線路が小屋と小屋のあいだに敷かれていた。
そこには大好きなポイント切替が装置されていた。
だれもいないときだ。
トロッコをゆっくりはしらせる。
ポイントのうえを車輪がすべる。
レールのすきまで車輪がゴトン。
またゴトン。
なんどもなんどもくりかえす。
わたくしはただうっとりと悦にいる。
線路の奥には製材所からでる木のぬか置場があった。
このぬかをわがやのストーブの燃料につかっていた。
2025年04月16日
士幌線 北平和(きたへいわ)
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 北平和(きたへいわ)
59611。
19671。
ともに蒸気機関車である。
十勝を最後に活躍した。
士幌線で蒸気機関車の客車牽引列車にはおめにかかったことがない。
貨車の牽引ばかりである。
蒸気機関車が客車を牽引する列車に乗ったのは、
根室本線で、
池田からの帰り、
帯広までではなかったか。
こげた茶色の客車である。
根室本線と並行する通信線電柱をそれまでみたことがなかった。
鉄橋にも通信線電柱がつらなり、
さすが根室本線だけはある、
と納得したおぼえがある。
蒸気機関車からのすすが目にはいったのもこのときである。
ディーゼル車しか乗ったことがなかったので、
発車のさい、
連結器の音がガチャンガチャンとつづけてきこえた。
すこしおどろいた。
突発音がにがてで汽笛を発する蒸気機関車にはちかよりがたかった。
耳に指で栓をする。
汽笛のたびに指をあてる。
が、
かならずひと呼吸おくれる。
士幌駅で貨車のいれかえをみていた。
駅のはしに引込線があり、
貨車を出し入れする。
発車のたびに汽笛を発した。
ひきこみ線の横は倉庫で、
ちびっ子たち禁断(遊んではいけない場所)の遊び場になる。
汽車通学する子たちがいた。
それまでは汽車通学している子がいることすらしらなかった。
みな北平和でおりる。
農家さんちのちびっこたちである。
スクールバスの範囲におさまらない地域の子たちであったのだろう。
みな顔見知りであった。
そのころ、
3つ年下の顔見知りが列車に轢かれた。
線路でよこになっていたという。
くたびれてよこになっていたのかな。
線路からつたわる、
カタンコトンの音がここちよかったのかな。
いまでもおもいおこす。
士幌のつぎは北平和。
乗降場である。
無人駅でもある。
士幌線 北平和(きたへいわ)
59611。
19671。
ともに蒸気機関車である。
十勝を最後に活躍した。
士幌線で蒸気機関車の客車牽引列車にはおめにかかったことがない。
貨車の牽引ばかりである。
蒸気機関車が客車を牽引する列車に乗ったのは、
根室本線で、
池田からの帰り、
帯広までではなかったか。
こげた茶色の客車である。
根室本線と並行する通信線電柱をそれまでみたことがなかった。
鉄橋にも通信線電柱がつらなり、
さすが根室本線だけはある、
と納得したおぼえがある。
蒸気機関車からのすすが目にはいったのもこのときである。
ディーゼル車しか乗ったことがなかったので、
発車のさい、
連結器の音がガチャンガチャンとつづけてきこえた。
すこしおどろいた。
突発音がにがてで汽笛を発する蒸気機関車にはちかよりがたかった。
耳に指で栓をする。
汽笛のたびに指をあてる。
が、
かならずひと呼吸おくれる。
士幌駅で貨車のいれかえをみていた。
駅のはしに引込線があり、
貨車を出し入れする。
発車のたびに汽笛を発した。
ひきこみ線の横は倉庫で、
ちびっ子たち禁断(遊んではいけない場所)の遊び場になる。
汽車通学する子たちがいた。
それまでは汽車通学している子がいることすらしらなかった。
みな北平和でおりる。
農家さんちのちびっこたちである。
スクールバスの範囲におさまらない地域の子たちであったのだろう。
みな顔見知りであった。
そのころ、
3つ年下の顔見知りが列車に轢かれた。
線路でよこになっていたという。
くたびれてよこになっていたのかな。
線路からつたわる、
カタンコトンの音がここちよかったのかな。
いまでもおもいおこす。
士幌のつぎは北平和。
乗降場である。
無人駅でもある。
2025年04月13日
士幌線 士幌(しほろ) 2 七面鳥料理
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 2
その旅館は七面鳥料理で有名であった。
七面鳥は独特な鳴きかたをする。
声をあげると七面鳥は鳴いた。
たまごもにわとりよりひとまわり大きい。
いまでこそ、
クリスマスに珍重されるが、
そのころは、
折詰にはいっている唐揚げをたべるのがせいぜいであった。
ある日、
裏の飼育場に野良犬がはいって七面鳥を襲う。
被害はあきらかではない。
ただ、
おどろいたのは、
襲ったであろう野良犬が、
通りの電柱につるされていた。
そこには、
この犬の飼いぬしでてこい。
札がつるされていた。
一代でその旅館を、
七面鳥料理できずいた先代。
いきものの屠りかたに、
手練れをおもわせた。
なによりも、
おとなのきびしさをかいまみた。
士幌線 士幌(しほろ) 2
その旅館は七面鳥料理で有名であった。
七面鳥は独特な鳴きかたをする。
声をあげると七面鳥は鳴いた。
たまごもにわとりよりひとまわり大きい。
いまでこそ、
クリスマスに珍重されるが、
そのころは、
折詰にはいっている唐揚げをたべるのがせいぜいであった。
ある日、
裏の飼育場に野良犬がはいって七面鳥を襲う。
被害はあきらかではない。
ただ、
おどろいたのは、
襲ったであろう野良犬が、
通りの電柱につるされていた。
そこには、
この犬の飼いぬしでてこい。
札がつるされていた。
一代でその旅館を、
七面鳥料理できずいた先代。
いきものの屠りかたに、
手練れをおもわせた。
なによりも、
おとなのきびしさをかいまみた。
2025年04月12日
士幌線 士幌(しほろ) ともだち
十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ)
父親は地方官吏であった。
わかいころは野球部のキャッチーであった。
いちど地区大会に優勝したことを、
うれしそうにはなしてくれた。
写真もみせてくれた。
児童のころ、
八方美人的(自分では認識できていない)なこどもにとって、
父親のともだちのすくなさがきになっていた。
発端は、
母親が、
となりの後輩が、
自宅で麻雀を部下同僚と楽しんでいるのを、
聞くか目にする。
うらやましく感じたのだろう、
家でもつれてきたら、
と進言した。
すると父親は、
ともだちというものは、
たやすくできるものではない。
といった。
息子は、
圧倒的に父親をしのぐ年賀状の枚数をほこり、
ともだちづくりなぞ簡単だとのたまう。
部下をもてなしたい母親は落胆していた。
息子は年をかさねた。
父親の生きた年月をこえるころ。
ともだちのすくなさをなげくことはしなくなる。
ともだちは数ではない。
いなくてもかなしむことはない。
ひとり、
たったひとりで充分をしるのであった。
士幌線 士幌(しほろ)
父親は地方官吏であった。
わかいころは野球部のキャッチーであった。
いちど地区大会に優勝したことを、
うれしそうにはなしてくれた。
写真もみせてくれた。
児童のころ、
八方美人的(自分では認識できていない)なこどもにとって、
父親のともだちのすくなさがきになっていた。
発端は、
母親が、
となりの後輩が、
自宅で麻雀を部下同僚と楽しんでいるのを、
聞くか目にする。
うらやましく感じたのだろう、
家でもつれてきたら、
と進言した。
すると父親は、
ともだちというものは、
たやすくできるものではない。
といった。
息子は、
圧倒的に父親をしのぐ年賀状の枚数をほこり、
ともだちづくりなぞ簡単だとのたまう。
部下をもてなしたい母親は落胆していた。
息子は年をかさねた。
父親の生きた年月をこえるころ。
ともだちのすくなさをなげくことはしなくなる。
ともだちは数ではない。
いなくてもかなしむことはない。
ひとり、
たったひとりで充分をしるのであった。

