2016年12月20日

芋だけのカレー、ニンジンだけのカレー、たまねぎだけのカレー

芋だけのカレーでいい。
ニンジンだけのカレーだっていい。
もちろんたまねぎだけのカレーだっていい。

わたくしたちはとらわれすぎている。
すでにある事柄に、
とらわれすぎている。
カレーの具材がおおすぎることに。
だれもかえりみない。

なぜだろう。
それはうたがわないからだ。
その訓練がなされていないからだ。
かんがえる訓練をしていない。
これは大きな理由だろう。
かんがえる訓練をおそわっていない。
ゆえの思考停止。

とらわれない、
とらわれないぞ、
という意識をもちつづける、
というのではなく。
結論はすみやかにだす訓練。
おのれがだした結論。
で、
これがおのれの結論か、
と自問する。
まちがいか,
否か、
は問題ではない。
それでいいのか、
と自問する習慣、
くせ。
それをつちかう。

それが肝腎なのではなかろうか。
そしておおくのニッポン人が欠落していることこそ、
この反芻(はんすう)ではなかろうか。
ラベル:カレー大好き
posted by 細野不巡 at 16:48| カレー大好き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月19日

カレーのルウ

カレーはよくつくる。

いつも野菜がいっぱいで、
いもはとけてしまう。
で、いつからか水の量を表示の7かけ(1000mlなら700ml)にしてみた。
するとどうだろう。
カレールウのみごとさ加減を実感した。
つまり、
カレールウは(大手メーカーだけれども)程度がたかい。
核心は水の量。
ただし、
自家製のカレー、
表記通りにはつくっていない。
たまねぎは4つきり、
じゃがいもはいためず、
煮込むときにいれたり。
肉はつかわない。
具をいれすぎなのである。
そもそもが。

安売りのルウはけっして程度がひくくない。
工場で大量につくる。
その計算があまいからにすぎないのではあるまいか。
つくりすぎ、
ということである。
posted by 細野不巡 at 17:33| カレー大好き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする