2025年09月20日

士幌線 士幌(しほろ) 27 川崎さん(川崎理容室)

十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 27 川崎さん(川崎理容室)

士幌町農業協同組合社屋、
店舗ができる前は、
船戸菓子店、
吉野新聞販売所、
川崎理容室がならんでいたとおもう。

川崎理容室は先代ご夫婦で切盛りしていた。
農協の購買部が新しくなった際そこへ移転する。

わたくしにはいつも先代があたってくれた。
整髪がおわると必ず10円玉をくれた。
かならずであった。

家への途中、
大平商店で籖(くじ)を引いて帰るのがならわしであった。

10円とて、
自由に使えるのである。
例えば5円の籖が2回ひけた。
1等はでっかい焼菓子の黒棒。
あたったためしはなかったが。

10円の価値はいまよりもずうっとあった。

posted by 細野不巡 at 12:15| わがまち士幌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月08日

2025年09月05日

質問力

質問力がない。

ラジオで日本放送協会の予算審議を聴いていた。
質問者は年若い議員で、
だれもがはじめは丁寧な口調で、
雑感をまくらに独演会がはじまる。

議員の質問なのか身辺雑記なのか、
無駄なまえふりのモノロ-グに、
NHKの役員が調子をあわせる。
かれらは淡々と答える。

単調である。
しだいに議員の口調に苛立ちが感じられ、
最後は異口同音、
質問者はだれもが憮然と、
そして持ち時間をつかいきる。
そのどれもがつまらなく、
二つ目さんの落語のようで、
これには失笑を禁じえなかった。

へたくそである。
勘違いしているのだろう。
それはひとりよがりで、
ユーモアも鋭さもなにもない。
印象に残ったことといえば、
NHK役員の答弁慣れと議員の私憤だけであった。
対象がぼんやりとしたままだから、
いたしかたあるまい。

質問はだれもができると高をくくってはいまいか。

質問は技術である。
にもかかわらず、
そこに勉強を感じない。

質疑にはそれぞれ持ち時間がある。
質問者がしゃべっているばかりで、
いっこうに質問をしないのはなぜか。

簡潔に質問し、
相手にこそしゃべらせる。
それが予算審議の醍醐味である。

質問者の技量は相手をしゃべらせてこそのもの。
これは議員の程度を云々するよりも、
そういった議員しか出せぬ、
われわれの程度の低さをものがたるものでしかない。

posted by 細野不巡 at 00:55| ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月28日

士幌線 士幌(しほろ) 26 白い靴下

十勝三股 (とかちみつまた) と帯広をむすんだ。
士幌線 士幌(しほろ) 26 白い靴下

白い靴下。
有沢呉服店で買った。
たった1足。
毎日毎日、
手洗いしては乾かして、
履いていた。
それまで白い靴下なぞ履いたことがない。
踵(かかと)が破れたときの落胆は大きかった。

向かいのサカエ式農機具のぼんがオシャレで感化されたのだろう。
かっこいいなぁ、
とおもったもの。

白地に紺と赤のライン。
素材は綿。

いまでこそ白い靴下は履かない。
けれど、
オシャレの目覚めはここから始まったのかもしれない。

サカエ式農機具のぼん。
中学生で学生服にスリムのズボンを履いていた。
学生服を脱ぐと黄色のラコステのポロシャツをさりげなく着ていた。

さわやかに上品でワイルドさには欠けていたけれど。
素敵な手本がいてくれたものである。
ありがとう真秀ちゃん。

posted by 細野不巡 at 19:33| わがまち士幌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月24日

なぜ The Beatles は売れたのか

なぜ The Beatles は売れたのか。

たまたまなのだろう。
ただ、
だれかの推しがあったからかもしれない。
そうなるとプロデューサーとしてブライアン エプスタインのマネジメントがあったから、
The Beatlesは 売れたのかもしれない。

ジョンもポールもジョージもリンゴも、
才能はまだ開花していない。
そんなかれらもブライアン エプスタインという目利きがいてはじめて The Beatles はスタートできたのではあるまいか。
ブライアン エプスタインの声を素直に受け入れた The Beatles。
順風満帆ではなかったであろう。
が、
出だしは順調ではなかったか。

なぜ The Beatles は売れたのか。
ブライアン エプスタインがマネージャーになったからである。
ブライアン エプスタインがかれら The Beatles をよいと信じたからこそである。

The Beatles はいない。
けれど The Beatles に匹敵するグループはいるかもしれない。
ブライアン エプスタインはいない。
けれどブライアン エプスタインに匹敵するプロデューサーは、
ジョージ マーティン(クラシック音楽現代音楽に精通、知恵袋)に勝るとも劣らないプロデューサーは、
いまいずこに。

ブライアン エプスタインもジョージ マーティンもジョン、ポール、ジョージ、リンゴたちだからこそうまがあったのかもしれない。
のちになって強烈な個性を発揮できたのもこの時期あってのこと。

うまがあうってかけがえのないことなんだね。
この「うま」は、
いつもはじまりの手前にある。

posted by 細野不巡 at 08:37| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月22日

なぜ記憶は薄れるのか

なぜ記憶は薄れるのか。

8月になると太平洋戦争のドキュメントであふれる。

80年経たから記憶は薄れるのだろうか。
なぜ記憶は薄れなければならないのか。

見たモノだからである。

ではなぜ、
あのときその場にいた人たちの記憶が鮮明たるか。

かれらはそのとき、
見、
聞き、
そのときの匂いを嗅ぎ、
そのときの風に触れ、
そのときの苦さを知るからである。

見たくもない画をみせられる。
聞きたくもない音を聞かせてられる。
嗅ぎたくもない匂いになす術をしらない。
灼熱に肌をさらす。
無味に汗の塩をたしかめる。
五感にとどまらない経験をする。
記憶は薄れない。

ゆえに、
記憶を継ぐことは至難である。
戦争を語る。
いったこともないくせに。
思考は停止せざるを得ない。

posted by 細野不巡 at 13:40| ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする